エトワールの木漏れ日

舞台、ライブ、イベントなどの備忘録

舞台『アンチイズム』考察&観劇備忘録~色で読み解くアンチイズム~


 普段あまり考察的なものは書かないのですが。今回に関しては書いて一度気持ちと頭の中を整理しなければ日常生活に集中できないほどの興奮と面白さでした。

ネタバレあります。
私なりの解釈になります。
想いが溢れております。

 

 

 

 

【人物紹介】

 九条菜々/伊波杏樹さん
主人公。憧れの小説家樋渡徹の事務所でライターをしつつ小説家を目指す女性。しかし完成した小説を樋渡に盗作されてしまい、信じていた人たちにも次々と裏切られついに自殺を決意する。先端恐怖症。

〜樋渡事務所関係者〜
 樋渡徹/横井伸明さん
小説家。連載の締切、待ってくれている読者、食べさせていかなければならない従業員。そんなプレッシャーから近年は失敗はできないと挑戦を恐れ、アイデアに枯渇。締切日、ついに菜々の書いた小説を盗作してしまう。

 山岸清修/辻崇雅さん
ベストセラー作家樋渡徹を抱えた事務所の社長。経営が第一で従業員や小説には興味がない。

 東雲珠子/佐藤杏奈さん
菜々の職場での親友。菜々の書いた小説をアドバイスがもらえるよう樋渡先生に読んでほしいとお願いした張本人。盗作された事実が発覚した際も「訴えるべきだ」と引っ込み思案な菜々の背中を押す立場だった。しかし上司からの圧力に屈し「盗作したのは菜々の方だ」と裏切ってしまう。

 斉藤佑樹/戸田悠太さん
菜々の職場の同僚でお調子者。

 日下部公平/那須康史さん
盗作騒動を受け菜々が依頼した弁護士。親身になって対応してくれていたが、奥さんが長く闘病しておりお金に困っていることに付け込まれ寝返ってしまう。

〜スナック『楽園』に集う人々〜
 蒲原勇次(会長)/蓮田キトさん
薮下たちのいる組織の会長。家族を持ちながら愛人のルビーを囲っている。

 薮下征人(ヤブさん)/久保田秀敏さん
以前にいた組でトラブルを起こし命からがら逃げていたところを蒲原会長に救われる。会長の女であるルビーと密かに付き合っている。

 安達恭一/武子直輝さん
蒲原会長を慕っており会長のためなら何でもする男。ルビーと薮下が密かに付き合っていることにいち早く気づき、ルビーに別れるよう忠告する。なおも別れない二人に業を煮やし、独断で薮下を殺人犯に仕立て上げる計画を練る。

 三浦知良(カズ)/山口大助さん
弁護士を目指し勉強中だが15回ずっと落ち続けている。薮下たちとともに下っ端仕事を引き受けてお金を稼いでいる。

 ルビー/古橋舞悠さん
国にいたら仕事はゴミ漁りというような貧困層出身の外国人。今はスナック『楽園』で働いてる。弟を大学に行かせてやれなかったことを悔やんでおり、日本までのエアー代、仕事、住居を用意してくれた会長に心から感謝している。しかし日本に友人はおらず薮下を頼りにしているうちに恋心が育ってしまう。

 杉元彩(ママ)/大見遥さん
会長たちの馴染みの店、スナック『楽園』のママ。薮下とルビーの密かな恋に気づきつつ優しく見守っている。

 矢沢まりや/水野朔さん
スナック『楽園』で働く女の子。

〜幽霊たち〜
菜々にだけ見える地縛霊。
菜々の書いた小説にも登場している。

 たーくん/戸田悠太さん
Yシャツを着た男の幽霊。事業が失敗して自殺した。

 ねーね/大見遥さん
愛する人に裏切られて自殺した女の幽霊。

 カンカン/山口大助さん
帽子を被った男の幽霊。ブラック企業で心が病んで自殺した。

 

 

 

【時系列】

大まかな流れ。
物語冒頭はクリスマスイブの夜。主人公菜々が〝死〟というプレゼントを受け取り損ねた場面から始まります。

そこから描かれる物語の冒頭に至るまでの経緯。

再びクリスマスイブの夜。本当は何が起きていたのかが分かる。
といった流れになっています。

 

「菜々の書いた小説世界」の描写が挟まれたり、場面転換も多かったので後半の〝クリスマスイブの練炭自殺未遂〟以降の時系列が分かりづらかった人もいるかもしれません。

菜々がスナック『楽園』に訪れる。
「まだ終わってない」
「まぁいいじゃないか。〝クリスマス〟だし飲もう」
「約束どおり殺して」

【小説の世界。クリスマスケーキからのやり取り。「菜々、見つけてね」】

事務所にて樋渡と珠子の会話。
「そろそろ〝終電の時間〟ですよ」
「もう帰ります」
しかし樋渡は締切のため。珠子もまたそれに付き合って帰ってはいない。

再びスナック『楽園』。
会長と安達が現れる。
「この金で俺とルビーを自由にしてください」
「彼女からかっぱらった金だろ」
「もう、二人のよ」
奥に控えていた菜々が現れ、会長と対峙する。

再び樋渡事務所。
「〝クリスマスの夜〟だというのに、珠子君にもつき合わせちゃったね」
「〝今日〟先生にどうしても会いたいという人から連絡がありました」
事務所に現れる菜々。
「全て繋がりました。私に嫌がらせした人たちから全て聞きました」

〝〟で示した具体的日時を示す単語を見ても分かるように、24日のクリスマスイブの練炭自殺未遂以降の場面は全て25日のクリスマスの出来事になります。

 

 

 

【菜々の心情の変化】

 憧れていた先生に小説を盗作され。訴えるべきだと励ましてくれていたはずの同僚や親友に裏切られ。世間から誹謗中傷まで受けた菜々は絶望。自殺を決意します。
電車への飛び込み。
真冬の川への身投げ。
首吊り。
包丁。
全てに失敗した菜々はとうとう自殺の手伝いを依頼し、睡眠薬を飲んで練炭自殺を図ります。
しかしそれも失敗。

 死ぬことの出来なかった菜々は自殺幇助を依頼した三人組の一人、安達が落としていったライターを手掛かりに彼らの馴染みのスナック『楽園』を訪れます。
「まだ終わってない。約束どおり殺して」と。
この場面でも。というか物語終盤まで菜々は自殺願望を持ったままです。
それでも彼女のなかで劇的に変化を迎える節目があります。それが蒲原会長との対峙です。

「ナイフなんか出して。やれるもんならやってみなさいよ!」
そう菜々は会長に啖呵を切ります。しかしいざナイフを向けられると先端恐怖症の彼女は怯みます。
対して、蒲原会長はやると決めたらやる男です。そして洞察力にも優れた男です。
(ルビーと薮下が密かに付き合っていた事実に気づいていたこと。人の弱みを見抜く目。彼はその洞察力でここまでのし上がり地位、権力を築き上げてきたのでしょう。)

 会長はナイフを菜々に握らせ、次々と彼女を試すような言葉を投げ掛けます。
「もうこの世に未練はないんだよな」
「死んだら楽になれるもんな」
「死んだらお前の大事な作品を盗んだ先生と二度と会わなくていいもんな」
 まるで『逃げるのか?』と問いかけているようにも聞こえます。

「全てあいつの思い通り。君は消える。負け犬の遠吠えもせずにだ」
 まるで『本心を叫べ』と促しているようにも聞こえます。

「この世に思い残すことは?」
 そして菜々はついに叫びます。
「やめて!死にたくない」

 会長は決して善人ではありません。ここで菜々が叫ばなければ彼は本当に菜々を刺していたでしょう。
けれど彼は菜々の〝本質〟=〝諦めきれない夢〟があることを見抜いていました。
そうでなければ「君の大切なたったひとつの夢を握り潰した男だ」なんて言葉は出てきません。
 会長が菜々と直接会うのはこれが初めてですが、様々な嫌がらせを受けても菜々がなかなか樋渡事務所を退職しなかった事実も大きかったのでしょうね。
(仕事となれば容赦なく相手を追い詰める会長ですが、人間性でいえば樋渡事務所の人々よりも夢に執着する菜々の方を好ましく思っていたのかもしれません。)


話を戻します。
「死にたくない」
そう本心を言葉にしたこで彼女は少しずつ変化します。
「まだ死ねない」
そして菜々は樋渡事務所に赴きます。やり残したことを遂げるために。
〝まだ〟。つまりこの時点でも彼女はやり残したことがあるから死ねないだけです。
それでも蒲原会長と対峙したことで彼女のなかで確かなものが芽生えました。それが相手とぶつかる〝覚悟〟です。

 

 

 

【菜々の赤いドレス】

 キービジュアルにも使われた印象的な菜々の赤いドレス。そこに込められた意味は菜々の心情の変化とともに変化していたと私は考えています。

〔1〕返り血の赤

 死ぬ気になれば、とよく言いますが〝覚悟〟を手にした菜々が次に起こした行動はこれまで法廷で争うことを避け、泣き寝入りしてきた彼女からは考えられないほど大胆なものでした。

『返り血を浴びる覚悟ならできてます』
菜々が書いた小説の主人公の台詞です。
盗作される前。主人公のモデルは菜々自身なのか?と問われた時、彼女は言いました。
「私はピンチになったらすぐ逃げるし、泣き寝入りしちゃう」
「あれはフィクションだからありえないです」
そんな彼女が、樋渡を庇い高圧的な態度で「このままじゃ済まさねぇぞ!」と凄む山岸社長に対し、一歩も怯まず言い放ったのです。
「返り血を浴びる覚悟ならできてます!」

 そして彼女は、かつて憧れた樋渡徹という小説家にナイフを向けます。それは〝物理的ナイフ〟ではなく、何よりも小説を愛する彼女らしい〝言葉のナイフ〟です。

「惰性で物語を創ってるのなら、今すぐ筆を折ってください」
 ||
〝筆を折る〟それは作家にとっての〝死〟です。

菜々は刺し違えても取り戻してほしかったのでしょう。かつて憧れた樋渡徹が失った〝純粋に物語を楽しむ気持ち〟を。


〔2〕革命の赤旗

「返り血を浴びる覚悟ならできてます!」
その言葉はまず、裏切った親友の心を変えます。
「私、菜々の証人になります!」
 菜々の書いた小説を読み返していた描写から彼女自身も悔いていたことが分かります。そして絶望を味わい上部だけではなくなった菜々の言葉は血の通った台詞となり、彼女を変える一手となったのです。

 そして樋渡徹の心にも革命を起こしました。菜々が去ったあと彼は電話をかけます。無期限で連載を休ませてほしいと。
「その代わり読んでほしい小説がある。二十年に一度の逸材だ。作家の名は、九条菜々です」

なぜそんなことができたのか。
連載。待ってくれている読者。食べさせていかなければならない従業員。それは小説家樋渡徹にとって守らなくてはならないものでした。しかしそれゆえに自由に物語を楽しめなくなった。
そんな彼にとって菜々は、樋渡徹をしがらみから解き放つ破壊者であり革命者、そして救世主となったのです。彼の行動は菜々に対する贖罪であり感謝だったのではないでしょうか。

 これらのことから、赤い服に込められた意味のひとつとしてフランス革命を代表とした「革命のシンボル」である〝赤旗〟をイメージしました。
元の職場に乗り込み体制を壊すという意味でもありえない話ではないと思っています。
返り血を浴びたドレスは人々の心を変える革命旗へと変貌したのです。

「アンチイズム」辞書で引くと
 アンチ:反。反対。
 イズム:〜主義。〜流。
 繋げると反主流。
 菜々は物語の過程で主流に抗う革命者へと成長していったのだと私は解釈しました。


〔3〕サンタクロースの赤い服

 小説世界の描写のなかで、ねーねの「見つけてね」という台詞からの幻想的隠れんぼの風景が始まります。そのラストで菜々に被せられたトナカイ。そこからサンタクロースを連想した方も多いと思います。私もその一人です。人々に変化をもたらしたサンタクロース。
 薮下とルビーにとっても300万を渡したことで彼らが自由になる〝きっかけ〟をもたらしたサンタクロースになった訳ですが。しかしそれは結果的にそうなっただけで、菜々が本当の意味でサンタクロースになるのはもっと先のことだと私は思っています。
これについては後ほど語ります。

 

 

 

【会長にとっての赤い宝石】

 本作にはもう一人サンタクロースがいます。それが蒲原会長です。
彼は決して善人ではありません。仕事とあれば容赦なく非道な手を下し。嫉妬心から薮下をボコボコに殴りつけます。

 しかしルビーにとっては貧困から救い出し、お金を援助してくれたサンタクロースです。世間から見ればただの愛人。しかし純粋な彼女は言います。
「会長は優しい人。私、知ってる」と。
そんな会長にとってもルビーは特別な存在だったのではないでしょうか?

 ルビーを手放す会長を見て、こんなのありえない。夢物語だと思った人もいるでしょう。その通りです。権力、暴力、お金の力。彼の力を持ってすれば、これまでどおりルビーを手元に置くことも可能。それが普通なのです。

 けれど彼はそれをしない。なぜか。
ルビーが薮下を愛しているから。そして、人を見下してきた薮下が自分の内面的弱さを認め、ルビーのために土下座までしたことでルビーを任せるに足る男に変わったと判断したからです。
(前述で「嫉妬心から薮下をボコボコに殴りつけます。」と記しましたがむしろ嫉妬心もあれど。あの時点では、苛立ちから愛する人を怒鳴りつけるような薮下にはルビーは任せられないという気持ちも強かったのではないでしょうか。)


菜々は会長に言いました。
「下っ端に汚いことやらせて、優雅に高みの見物決めてるあんたが一番許せない」
けれど彼がここまでのし上がるまでに、どれほどの悪事に手を染めてきたことか。
『「アンチイズム」
戦わずに逃げてきた人々の成長物語かもしれません。』
パンフレットの春間さんの言葉です。
 彼は戦わずに逃げてきた人々のなかで、誰よりも戦い続けてきた人なのではないでしょうか? それこそ、後戻りできないほどに。

彼はこの先も生き方を変えることはないでしょう。
真っ暗な道を歩んでいく。
そんな中、夜道を照らす唯一の光。
「ルビー」
その赤い宝石の名からサンタクロースの道筋を照らした有名な曲のトナカイを連想するのは考えすぎでしょうか?

「ルビーを大切にしろよ」
使い古された。実に陳腐な言葉です。しかし、そんな〝唯一の光〟を自ら手放す漢の精一杯の虚勢を誰が笑えるというのでしょう。
現実ではほとんどの人が出来ない決断を会長はする。だから彼は格好いいのです。

 

 

 

【三人の幽霊たちの〝白〟】

真っ暗な道を歩き続ける蒲原会長。
ではその先の菜々はどうなるのか。

 やり残したことを終え部屋に戻った菜々は「お別れだ」という幽霊たちに「私もこの部屋で命をたつ」と言います。
そんな菜々に幽霊たちは菜々は次に進むべきだと伝えます。そして約束するのです。
「生まれ変わったら絶対に菜々の本を見つける」

 菜々の書いた小説のなかの幽霊たちは「菜々、見つけてね」と言いました。
 しかし現実の幽霊たちは「見つける」と言いました。

まず「見つけてね」には三つの意味があったと私は解釈しています。
①会話の流れ通り「(隠れんぼで)見つけてね」。
②小説と現実の狭間「(自分の夢を)見つけてね」
③ひとりぼっちだった菜々が小説にのせて吐露した心情「(誰か私を)見つけてね」

①については幻想世界の隠れんぼで菜々は幽霊たちを見つけます。
②についても、会長との対峙。樋渡先生との対面を経て、最後の幽霊たちとの会話でようやく菜々は自分のなかにずっとあった。どんなに死のうとしても捨てきれなかった〝夢〟をもう一度見つけだします。
③そしてひとりぼっちだった菜々は言います。
「また一人になっちゃうんだね」
そんな彼女にねーねは答えます。
「一人でいるのは始まりの時だけよ」
その言葉が菜々にとって最後の一押しとなりました。
一人になった菜々は物語を描き始めます。自分の夢を叶えるために。大切な人たちと交わした約束を叶えるために。

三人の幽霊たちの衣装は〝白〟。
例え生まれ変わったとしても薔薇色の人生が待っているとは限りません。また絶望し、〝色〟を見失いそうになる日が来るかもしれません。
そんな時、彼らの人生に寄り添い。〝色〟を灯すもの。それが菜々の描いた小説であったなら。

 これはかなりこじつけになってしまうのですが。
菜々が電車に飛び込もうとしたシーン。
あの場面で
「もうすぐ列車が参ります。白線の内側でお待ち下さい。……お待ち下さい!」
と叫んだモブは樋渡先生役の横井さんでした。
電車を待つ他のモブ同様に黒いコートを着ていたことから彼もただのモブであることは間違いないとは思うのですが。
 それでも……。
かつてひとりぼっちだった菜々に〝希望の色〟を灯した樋渡先生の作品の数々が、菜々の自殺を引き止めたとしたなら。

逃げる者から抗う者へ。
覚悟を手にし。返り血を浴び。革命者になった菜々だからこそ描ける世界がある。深みのある色がある。
九条菜々という作家はこれから多くの人の心に寄り添い〝色〟を灯すサンタクロースになりうるのです。

 

 

 


物語の考察的なものは以上になります。
ここからはシンプルに舞台としての『アンチイズム』の感想です。

【舞台としての『アンチイズム』】

『アンチイズム』は大きく分けて三つの事柄から構成されます。
・主人公菜々の勤める会社での盗作騒動。
・会長 、薮下、ルビー。三人の恋模様。
・菜々と三人の幽霊たちとの生活。
(この幽霊三人とのやり取りはさらに
【現実世界の実際のやり取り】
【菜々の書いた小説世界のやり取り】
があります。
小説中のやり取りは「語り部」が登場〝する〟か〝しない〟かで見分けることができます。)


 観劇初日。これらの事柄が同時に展開されるため、やや場面転換が多いことが気になりました。しかし2回目の観劇以降は登場人物たちの関係性を把握しているため、初日のように気になることはありませんでした。
 むしろ転換時に込められたメッセージの意味に「なるほど!」と膝を打ちたくなるほどでした。

 もっとも分かりやすいのは、最初の【小説世界のやり取り】の場面。
小説の主人公が事故物件に辿り着き、トランクからナイフを取り出し自殺しようとします。それを止める三人の地縛霊たちとの出会いが描かれた後の場面転換。

 役者自身がテーブルや椅子を移動させて転換することはよくあります。しかしこのシーンでははっきりと樋渡先生役の横井さんが登場し「ナイフとトランク」を〝回収〟していきました。
そのことを不思議に感じていると、その次の場面で「樋渡先生が菜々の書いた小説を盗作した」ことが判明します。
 そう。あれは単純に〝小道具を回収した〟のではなく、〝小説の内容を持ち去った〟ことを意味していたのです。
2回目に観劇した時は、樋渡先生と小説中の菜々がしっかりと目が合い、菜々が怪訝そうな顔をしていたので「めちゃくちゃ分かりやすいじゃん!私どこ見てたの!?」となりました 笑


 今回の『アンチイズム』では脚本・演出の春間さんの作品のなかでも抽象的表現が多い作品だったと思います。
それゆえに「解りづらい」と感じた人もいれば、「読み解く面白さ」に何度も劇場に足を運びたくなった人もいたのではないでしょうか?
後者の人はショー作品やミュージカルも楽しめると思うので機会がありましたら是非。(伊波さんを追っている方はいずれきっかけは訪れるとは思いますが。)

 というか。『ブラックダイス』のオープニングを観たときから思っていたのですが。今回の演出を観て「春間さんの生み出すショー作品が観たい!」とより強く思うようになりました。
『アンチイズム』物語後半。小説の中の菜々が赤いドレスで踊るように舞うシーンがあります。実に幻想的で美しい情景でした。
あの世界を作り出せる春間さんならきっと素晴らしいショー作品を魅せてくれるに違いないと!
まぁ、個人的願望なんですけどね 笑


話を戻します。
 そして今回は構成も実に面白かった!
冒頭のシーンが後々にあんなことになろうとは!!
今回ツイッター等でネタバレがほとんど流れてこなかったのはこの演出のおかげと言っても過言ではないでしょう。
 観劇した多くの人は「初見の人にもこの驚きと感動を100%味わってほしい!」と心の底から思ったのではないでしょうか?私は思いました。
この行動、ネタバレのない現象こそが観劇した人たちの感動の深さを物語っていたと思います。

 過去の公演でも春間さんは公演前のツイートで「ネタバレのない初日」という言葉を使われていたのでさほど気に留めていませんでした。
また「出来れば遅刻なしで、ど頭からから観て頂きたいです」という言葉も、ブラックダイスで客席からの登場があったのでもしや今回も?なんて思っていたら、アレですよ!

 手法としては昔からありますが、いざ実際にやろうと思うと脚本家と役者の技量が試される難しい構成だと思います。いかに〝気づかせずに物語に引き込めるか〟。そのあたりが春間さんはさすが上手いなぁと感心させられました。
『ブラックダイス』のときにも思いましたが、春間さんはこういった構成で魅せる笑いの取り方が本当に巧みなんですよね。

 また笑い的な意味合いだけでなく。
〝冒頭の菜々の絶望した表情〟からの〝事件が起きる前の菜々の明るい表情〟。
この落差が「いったい彼女に何が起きたんだ!?」とグッと物語に引き込む要素としてとても上手く作用していたと思います。

 一人二役の妙を上手く使った笑いも面白かったですね。自殺幇助のドタバタ劇ももちろんですが。
たーくん役の戸田悠太さんを舞台袖に下がって中途半端にメイクを落とすよりも、あえて板の上で早着替えさせて強調することで斉藤佑樹役として登場させるときに笑いにする発想。物語との繋ぎ方としても上手かったと思います。

 

 

 

伊波杏樹さんのお芝居の魅力】

 そして今回は伊波さんの単独主演ということもあり、ある程度伊波さんの魅力や特性を引き出す演出になっていたと感じました。
①笑い
 伊波さんはテンポと間で笑わせるのがとにかく上手い!
ラジオ等で思わずそのテンポ感で吹き出してしまった人も多いのではないでしょうか。
普段ぽやんとした伊波さんが〝ツッコミだと思われがち〟なのは、この天才的テンポ感のためです。
(かくいう私も伊波さんにハマった当初「普段は本当にボケなの?」とまんまとその天才的スキルばかりに目を奪われていました。そして素の伊波さんを知っていくと「あ。ボケだわ。しかも天然寄りの」とズブズブ深みにハマっていきました。それがまたいい!)
今回もまた例に違わず伊波さんの間とテンポ感に笑わせられました。
本当にこれは役者としてだけでなく、トーク力のひとつとして武器ですよ!

②表現力
 これについてはAqoursのライブ等を見たことのある方はすでにその片鱗を感じ取っていたと思いますが。舞台になるとその武器が100%の力で発揮されるわけですから。伊波杏樹さんという沼の深みにハマらない訳がない。

 とくにこの場面!と言うならば。
ミュージカル好きとしては、小説世界の幻想的隠れんぼのダンスシーンを推したいところではありますが。やはり今回は絵を描くように筆を走らせ物語を書くラストシーンでしょう。表情ひとつで物語の印象を左右する大切な場面です。
 私は初日から4公演観劇させていただいたのですが。不思議なことに回を重ねるごとに感動が増していったのです。
 きっと劇場に何度も足を運ぶ方のなかには、その日のアドリブや演出の変化を求めて行かれる方も多いと思います。私だってそうです。とくに演出家指示での台詞の変更ならなおさら。
 でもそれ以上に具体的変化はないのになぜか今日は涙が止まらない!といったお芝居を目の当たりにすることがあるのです。そして伊波さんのお芝居はその体感率が高い。

 アドリブ力ももちろん技術なのですが、やり過ぎると初見の人を置いてきぼりにしかねません。「え?なんでみんな笑ってるの?」と。その匙加減が分かっている役者さんはもちろん凄いなと思います。
 でも毎回、全く同じ台詞を言っているのに心を震わせることのできる役者さんもいるのです。それが伊波杏樹さんです。
 役としてとかではなくて。「その時を」生きてるんですよね。だから毎公演感動が異なる。深まる。
 伊波さんがその道のプロである舞台関係者に「天才」と評されるのは、そのあたりなのではないかと思っています。

 同じような意味合いで今回強く心惹かれた役者さんがいます。
スナック『楽園』のママと、ねーねを演じた大見遥さんです。背中ですら演じてみせる深みのある素敵なお芝居を見せてくださいました。
 そして何が悔しいって、こういった背中で魅せるお芝居って円盤に映らないことも多いのです!メインの場面なら映りますが、今回のように上手側で会話がなされ、下手側でそれを聞いている。といった具合になると会話をしてる二人にカメラが寄ることも多い。というか、そもそもとしてメインの二人以外は照明が暗くなっているので見えづらい!!
そういった意味でも演劇はぜひ生で観劇してほしいのです!!!


 他にも会長のファンです!とか。ルビーさんを我が子の嫁に欲しいとか(子供いないけど)。菜々が遺書を書くのを見て必死に止めようと思うのにすり抜けて触れられない幽霊たちに死ぬほど泣いたとか。書き出したらきりがないのですが。

『アンチイズム』に関わったすべての人に最大級の感謝を込めて。
 このカンパニーに出逢えてよかった。
 心に刻まれた色を大切にします。
 ありがとうございました!